我慢し続けた結果、私はどうなったのか

 皆さん今を楽しんでますか〜?

今日は一粒万倍日でしたね!宝くじは買われましたか?

一粒万倍日とは一粒蒔いた籾が万倍にもなって実るという意味があり

宝くじの売り場に今日は吉日ですよ〜って、一粒万倍日と書いてありますよね。

 

 私は宝くじを吉日に買うようにしていて

今日も、もちろん買ってきましたよ!

 サマージャンボ1等7億円

 連番を10枚だけ♡

 

 どうなるのか楽しみですね〜♪

 

 当たる事を期待しすぎると、外れた時のショックが大きくなるので

当たったらいいな〜♪とワクワクする事を楽しむようにしています。

 宝くじを買うのはこのワクワクする時間が大好きだからです!

 

 当たったら、ブログを読んでくれる方に1万円ずつプレゼントできるといいな〜♪

 

 

 

 

 

 さて今日は、私の人生何を我慢してきたのかを

お話ししたいと思います。

 

 私の場合

過去のトラウマを引きずったことが

負の連鎖を呼んだと思っています。

 

 

  前回の話で、両親の離婚で私だけ施設に入れられたと

お話ししましたが、幼少期に我慢することを覚えると

その癖ってなかなか取れないんですよね。

 自分がやりたい事、思っている事を口に出すのが

下手くそで、無表情だったように思います。

それに、大事な人は私から離れていくんじゃないかという恐怖に怯えていました。

中学、高校の時は大人を受け入れられず学校の先生によく反発していましたね。

 

 短大を卒業し就職してからは、いつもなぜか寂しくて彼氏を作っても長続きせず

結婚願望ばかりが大きくなってしまってとにかく結婚したい家を出たい!

と思っていた時に出会った人と付き合いだして3ヶ月で結婚を決めました。

 21歳の時でしたね。

結婚後は夫とは毎日のように喧嘩をしていました。若すぎてお互いを思いやる事が

できなかったんだと思います。喧嘩がたえず暴力的な夫と離婚したいと考えるようになり

毎日離婚を考えるようになっていったのですが、

育ての親のことを思うと申し訳なくて踏み切れませんでした。

周りの反対を押し切って結婚したので、これ以上育ての親に迷惑をかけられないと思ったのです。

 子宝にもなかなか恵まれませんでした。 

子供ができれば暴力的な夫もきっと変わると信じて不妊治療に専念し

7年後やっと子宝に恵まれました。

 

 子供はとても可愛くて、子供に救われていたものの

夫は子育てに無関心で、相変わらず喧嘩が絶えませんでした。

 

 子供が私の生きがいとなり、子供達が成人するまで

離婚は我慢しようと思っていました。 その後は男の子3人の子育てや両親の介護が重なり

自分のことは全て後回しにしていた結果とうとう私は病に侵されてしまいました。

 

 43歳の時

私は膠原病を発症しました。

 

 膠原病っていろんな種類があるんですよね

私はリウマチとSLEの症状が強く出ました。

 

 日差しを浴びると具合が悪くなり、口が乾き

寒くなると指の先が真っ白になって感覚が無くなってしまう。

それにリウマチの症状として関節が痛くなる。

 

 本当に痛くて痛くて

生活に支障をきたすレベルで普通の生活ができなくなりました。

 

 自分を大事にせず、我慢し続けた結果

私は膠原病を発症してしまったのです。

 

 

 今苦しみもがいている方へ

その苦しみを自分ではない誰かのせいにしていませんか?

過去のトラウマに縛られてはいませんか?

 一度自分と向き合ってみませんか?

自分はこのままで良いのか、この先自分はどうなりたいのかを

自分に聞いてみませんか?

 過去を切り離し、今に目を向けると変わりだしますよ。

自分が思っている以上に身体は頑張ってくれていますので

労ってあげて下さいね。頑張ったあとは必ず休ませてあげて下さい。

 

 

 

 では明日は病気になったあと

私は何をしたのかをお話ししたいと思います。

 

 

 皆さんに喜びが訪れますように

   

                  サカモトより